スポーツブランド「hummel(ヒュンメル)」がスニーカーを通した全4回のプロジェクト「hummel PRAY」を開始。第1弾はクラッチ(松葉杖)を着いてプレーするアンプティサッカーをテーマに、収益のすべてを日本アンプティサッカー協会に寄付する。今秋に掛けた4回連続の限定スニーカーの発売で、様々な団体と多様性を認め合える社会の実現を目指していく。
Photo by hummel
文=本田好伸フットボールに携わるすべての人は、いわば「ボール」という共通言語でつながっている。直接の言語で語り合えなくとも、ボールを蹴ることで心を通わせ、笑顔になり、時にぶつかり合い、そして絆を深めていく。決して、目の前で起きている出来事ではなくても、ボールがあることで、異国の地の人々を思うことだって、できる。
そうやって、人々が互いを尊重し、認め合い、自由な思いでつながっていくことは、フットボールの普遍的な魅力であり、そうしたテーマに基づいてブランドミッションを掲げるフットボールにまつわる企業は、少なくない。
デンマーク発のブランド「hummel(ヒュンメル)」もその一つだ。「Change the World Throguh Sport.(スポーツを通して世界を変える)」というブランドミッションに挑むヒュンメルは今年、スニーカーを通して共生社会の実現を目指すプロジェクト「hummel PRAY」を立ち上げた。今秋に掛けて、全4回にわたって限定スニーカーを発表し、様々な団体と多様性を認め合える社会の実現を目指していく。
第1弾は、「PRAY with Amputee Soccer」。デンマークのレトロスタイルと日本の丁寧なモノづくりを融合し、メイドインジャパンにこだわったカンガルーレザー製のレトロランニングスタイルのスニーカーを4月25日(月)から数量、店舗ともに限定で発売。ブラックとホワイトの2色展開のこのスニーカーによる収益はすべて、日本アンプティサッカー協会に寄付される。そしてこの寄付金は、小学校での講演やイベントで使用するクラッチ(松葉杖)の購入にあてられ、多くの人が選手と一緒にアンプティサッカーを体験する機会に寄与する。
今回、モデルとして起用されたアンプティサッカー日本代表のエンヒッキ・松茂良・ジアス選手は、1989年にブラジルで生まれ、5才のときに交通事故で右足を失った。仕事で来日後、ブラジル代表のキャリアを生かして、日本にアンプティサッカーを広めるきっかけを築いた人物だ。「足がなくたって、自由」と語る彼は現在、都内の銀行に勤め、普段は義足を付けて、クラッチで電車通勤をしているという。「気持ちの持ち方次第で、“どんな人でも何だってできる”と思っている」と、プロジェクトに共鳴するメッセージを発信した。

ヒュンメルは、障がいへの偏見をなくすということのみならず、こうした活動が「共に楽しむには」を考えるきっかけになることを目指している。福祉制度が充実し、“世界一幸せな国”と呼ばれるデンマークの、マイノリティとの共生精神、自由で多様性のある社会の実現というテーマが、このプロジェクトには詰まっているのだ。
ちなみに、プロジェクト名である「PRAY with minority」をゴールドで箔押し加工したリーフレットにもこだわりがある。「誰もがそれぞれ違う個であり、一人ひとりが輝きを持っている」という意味を込め、冊子すべてを手でちぎって仕上げることで形が異なるという一点もの。キーパーソンの一部がちぎられた破片となったシンボリックなビジュアルには、「誰もが世界を構成するかけがえのない“部分”」というコンセプトが表現されている。
今回のプロジェクト発足に際して、アンプティサッカー協会副会長であり、日本アンプティサッカー代表監督の杉野正幸氏が、コメントを寄せている。
「覚悟と情熱。アンプティサッカーをプレーする者たちには須要なものだ。それはときに己を奮い立たせ、試合で相手を凌駕するための武器となり、なによりこの激しいスポーツを続けていくための糧となる必要不可欠なものだ。アンプティサッカーとは病気や事故で足や腕を失った者たちが、クラッチで体を支えながら、片足でボールを蹴り、片手でゴールを守るサッカー。なかには“可哀相な人たちが行うサッカー”と思う人もいるだろう。そんな人には是非とも彼らのプレーを間近で見てほしい。時には華麗なプレーが、時には泥臭いプレーが、時には観客をも騙すトリッキーなプレーが、衝撃を与えることだろう。彼らのプレーは、リハビリを目的とした運動ではなく、一つの競技であり、サッカーの一つのジャンルであることを感じられるはずだ。
今回、縁あってアンプティサッカー協会はヒュンメルとコラボレーションし、スニーカーの売り上げによる収益を寄付していただくことになりました。私たちはこの資金をクラッチと呼ばれる杖の購入費にあて、小学校での講演やイベントにてアンプティサッカー体験の場を作り、障がいの有無に関わらず、多様性を受け入れ、個性が発揮できる社会作りを目指します。
かつて、革命家チェ・ゲバラは、「人間はダイヤモンドだ」と表現し、「ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨けず、また人間を磨くのは人間でしかない。人間磨きにはコミュニケーションが不可欠だ」という言葉を残しました。私たちは、人と人とのコミュニケーションに加え、多様性を受け入れることも必要だと考えます。そして、多様性を受け入れ、覚悟と情熱を持つ人の心はダイヤモンドよりも美しいと信じています」

REFLEX OG
¥18,000(税別)
25/26/27/28/29cm
Black Kangaroo/White Kangaroo
Made in Japan
限定発売されるスニーカーは、70年代のランニングシューズにヒュンメルのルーツでもあるサッカースパイクを融合させたものだ。日本の靴職人による高い技術を用い、しなやかで軽いカンガルーレザーを丁寧に仕上げている。野生のカンガルーであるために傷が多いものの、その傷を削って消すような加工を追求せず、強度が強く、軽量で柔らかく、足馴染みに優れるカンガルーレザー本来の良さを生かすことにこだわったという。
また、日本人に合わせた幅広設計のオリジナルのラストを開発。足入れ感の良いカンガルーレザーを用いて履き心地を追求しながらも、甲の立ち上がり部分をまっすぐにしたヨーロッパシルエットを採用し、シルエットの美しさと同時に、甲高の足型にも対応している。
さらに、ヨーロッパで人気の高いレトロランニングシューズ『REFLEX』を原型としながらも、クッション性を高めるためにアウトソールを厚くし、シルエットの美しさも追求。RELFEXの代名詞とも言える「D管」は、かかと部だけでなく、シューホールにも採用している。シューズの一体感を増すために、甲とかかとをフィットさせる目的で施された70年代当時のランニングシューズのかかと部のD管が形をとどめ、シューレースを通すことで、また一味違ったスニーカーの表情を楽しむことができる。まさに、デンマークのオリジナリティに、日本のモノづくりが応えた一足だ。




ヒュンメルが掲げる共生精神、自由で多様性のある社会の実現というメッセージに共鳴する多くの人に手に取ってもらい、そのスニーカーで、歩を進めてもらいたい。
■販売店舗
オフィシャル通販サイト:hummelshop.jp
その他、下記12店舗限定で4月25日(月)より発売開始
ISETAN SALONE MEN’S
東京都千代田区丸ノ内3-3-1 新東京ビル1F/03-6206-3190
atmos Ginza
東京都中央区銀座3-3-14 銀座グランディアビル/03-6264-4525
atmos Shibuya
東京都渋谷区宇田川町31-8/03-6455-1015
PISTACCHIO DAIKANYAMA
東京都渋谷区代官山町19-11/03-3770-5550
Styles 代官山
東京都渋谷区猿楽町11-8 メゾン代官山1F/03-6415-7722
atmos Harajuku
東京都渋谷区神宮前3-22-8/03-6804-2274
S-Rush
東京都渋谷区神宮前3-24-1 インザストリームビル1F/03-6455-4125
イケダヤ靴店
東京都台東区上野4-5-2/03-3832-0248
K SPORTS
東京都中野区中野5-52-15 ブロードウェイ1F/03-3389-0541
ISETAN HAUS
愛知県名古屋市中村区名駅3-28-12 大名古屋ビル2F/052-224-2222(代)
キョーカ
京都府京都市中京区寺町通六角上る桜之町426/075-221-4598
BOSTON CLUB HEP FIVE店
大阪府大阪市北区角田町5-15 HEP FIVE 5F/06-6366-3927
hummel ヒュンメル
1923年に誕生したデンマークのスポーツブランドであり、世界で初めてスタッド付きスパイクを開発。革靴でサッカーをしていた当時、真っ平らな靴底にスタッドを付けることでグリップ力の飛躍的向上をもたらし、今までできなかったプレーを可能にした。そこで、重過ぎるために理論上は飛べないとされる『マルハナバチ(ドイツ語で「hummel」)』が努力を重ねて飛べるようになったという逸話を重ね合わせ、ブランドネームとロゴに採用した。70年代にデンマーク市場に参入して以降、サッカーデンマーク代表やヨーロッパの強豪クラブチームとともに黄金時代を築くとともに、99年にレトロスタイルとスポーツを融合させて生み出されたレトロファッションが一躍脚光を浴び、ライフスタイルブランドとしても認知されるようになった。90年の歴史を経て、現在は「Change the World Throguh Sport.(スポーツを通して世界を変える)」をブランドミッションに、独自のブランドストーリーを展開。スポーツは国境を超え、お互いの理解や敬意、結束を導く力を持ち、実際に世界を変えることができるのだという思いのもとに、アフガニスタンやシエラレオネなどでサポートを実施。日本でもアンプティサッカーや知的障がいサッカーなど多様性を広げるための新しいチャレンジを続けている。
本田好伸(ほんだ・よしのぶ)
1984年10月31日生まれ、山梨県出身。 日本ジャーナリスト専門学校卒業後、編集プロダクション、フットサル専門誌を経て、2011年からフリーランスに転身。エディター兼ライター、カメラマンとしてフットサル、サッカーを中心に活動する。某先輩ライターから授かった“チャラ・ライター”の通り名を返上し、“書けるイクメン”を目指して日々誠実に精進を重ねる。著書に「30分で勝てるフットサルチームを作ってください」(ガイドワークス)