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2015年07月10日

編集長・本田好伸のコラム
フットボールは日本のカルチャーとなり得るのか。
W杯準優勝のなでしことフットサルの厳しい共通項

なでしこジャパンが戦ったFIFA女子ワールドカップカナダ2015は大きな話題となった。決勝で敗れたとはいえ、その戦いぶりに感動を覚え、賛辞を送った人も多かっただろう。彼女たちを突き動かしていたのは、「ワールドカップ連覇」という結果よりも、女子サッカーが置かれている環境を変えるという覚悟や信念だったはずだ。その思いは、発する言葉の端々に現れていた。なでしこが直面する境遇は、フットサルのそれとも似ている。同じような歴史を歩む両者は、日本のフットボールカルチャーを変えていけるのだろうか。

Photo by Yoshinobu HONDA

文=本田好伸

世界一と言えども、価値のないこと

 なでしこジャパンのワールドカップ準優勝は本当に素晴らしい結果だ。前回大会女王として臨み、今大会でも大きな存在感を示して決勝の舞台へ駒を進めた。もちろん、「ワールドカップ連覇」という最高の結末こそ望まれるものだったが、それと変わらないくらい、価値のある戦いぶりを全世界に発信したように思う。

 そんな戦いを見ながら、僕はなでしこジャパンのエース大儀見優季の言葉を思い出していた。ワールドカップ開幕の半年ほど前、彼女は「世界一は価値のないこと」と話していた。その言葉の真意とは、彼女たちが置かれている環境を如実に表現する、切実な思いからくるものだった。どういうことかというと、2011年につかんだ世界一の称号とともに、彼女たちの存在が広く日本国内にも認められ、国民栄誉賞を受賞するほどに盛り上がりを見せた一方で、選手を取り巻く環境は良化しなかったということ。決して一過性のもので終わらないと思っていたが、実際に戦う選手たちの想像を超えるような変化は訪れなかった。

 スポンサーを新たに獲得したクラブもあるし、なでしこリーグの観客動員数も、巷でプレーする育成年代の女子プレーヤーも一時的には増えた。でもトップレベルで戦う選手の待遇や環境が劇的に良くなったわけではない。それ以前と変わらずに、ピッチ以外でも仕事に就き、サッカーと仕事を掛け持ちする選手は相変わらず多い。なでしこリーグというアマチュアのリーグにおいて、クラブとプロ契約を交わす選手も、相変わらず数えるほどしかいないという。

 大儀見はこうも話していた。「(UEFA女子チャンピオンズリーグとFIFA女子ワールドカップを優勝した唯一のアジア人であっても) 『それってすごいのかな?』って感じ。それをすごいことだというふうに取り上げられていないし、だからそれがすごいことではないんだと思う。価値って結局は周りが決めることだから、取り上げられないということはそれまでの価値なのかな」、と。彼女の、そしておそらく第一線で戦う女子選手たちの、本心だろう。

 それでも彼女たちは、自分たちの価値を上げるために戦い続けた。決勝戦を前に、キャプテンの宮間あやが口にした言葉が印象的だった。

「ブームではなく文化にしていきたい」

 いちメディア人として、心にグサッと刺さる一言だった。日本ではフットボールがカルチャーとして根付かない。そうではないはずだと、僕らも信じて情報を発信し続けている。それと同じように、いやもっと切なる思いを持って、彼女たちは、自分たちが信じるものに向かって一心不乱に、懸命に走り続けた。それでも――。

 大儀見が言った通り、価値を決めるのは周囲だ。価値があればそこに企業が投資するし、スポンサーが増え、メディアも積極的に取り上げようと働き掛ける。でもそうでないと見なされれば、彼女たちを取り巻く「生活環境」という側面に、これから先も大きな変化が生まれることはないのかもしれない。

“スパイク解禁”で市場の活性化が生まれるか

 今大会を前に、一つの変化はあった。“スパイクの解禁”だ。彼女たちはこれまで、日本代表のオフィシャルスポンサーであるアディダス社のスパイクを一律に支給され、代表ユニフォームに袖を通す試合ではすべて、アディダスのスパイクを着用してきた。もともとアディダス社と契約していた選手であれば問題ないが、そうでない選手にとっては、普段とは異なる“武器”で戦わないといけない。これは大きなストレスだろう。それだけではなく、選手をサポートするメーカー側にとっても、露出価値の高いワールドカップでも自社ブランドのスパイクを履いてもらえないとなると、選手との契約に価値を見出すことは難しいだろう。

 そうした状況に変化が起こり、ワールドカップ直前のイタリア代表との親善試合から選手は履き慣れたスパイクで臨むことが可能になった。プーマ社と契約する川澄奈穂美やナイキ社と契約する大儀見など、ようやく試合の露出でメーカーに還元できる機会を手にした。この“スパイク解禁”による市場の活性化こそ期待されているものだろう。

 こうした状況は実はフットサルでも同じことが言える。彼らも2014年まではアディダスのシューズを履いて親善試合、国際大会を戦ってきた。2012年にタイで行われたフットサルワールドカップのメンバーに選出された三浦知良が、長年サポートを受けているプーマではなく、アディダスのシューズを履かざるを得なかったくらいだ。以前であれば、メーカーと契約している選手自体が少なく、「シューズを提供してもらえる」ということがステータスと感じていた選手も多かった。ただ今は、状況が変わっている。フットサル日本代表も、“アディダスしばり”の制限が解かれ、6月に行われたベトナム代表とのトレーニングマッチではそれぞれの契約シューズでプレーする姿があった。

 フットサルの環境面もなでしこと一緒だ。Fリーグというアマチュアの全国リーグで戦う選手の多くは、仕事を掛け持ちしている。唯一のプロクラブである名古屋オーシャンズや、ごくわずかな選手だけが、フットサルのプレーだけで生計を立てている。さらにそうした選手であっても、うん千万とか何億なんていう年棒ではなく、一般の会社員の年収と同等かそれ以下か、という次元である(年棒1000万クラスの選手は、本当に数人しかいない)。「将来はフットサル選手になりたい」という子どもに、夢を与えられるような華やかさは、まだない。

 だからなでしこもフットサルも今(というかもう長い間)、何かを変えようとあの手この手を模索し、選手や関係者は必死に活動し続けている。Jリーグの歴史もまだ20年ほどしかないだけに、積み重ねという時間が解決していく問題もあるだろう。でも手をこまねいているだけでは、発展が止まってしまうかもしれない。きっかけと、そこに乗っかっていく仕掛け、周囲の働き掛けこそ、今一度、必要なのだろう。

 なでしこジャパンが4年間着用したユニフォームの胸に輝くチャンピオンエンブレムはもう付けられなくなってしまう。それでも、彼女たちが示した結果は、この先に続く者たちに輝かしい成績として残っていくに違いない。でも成績だけではなく、それを契機に発展していく環境こそ、今を戦う彼女たちの切なる願いだろう。それは使命でもあり、それを伝える我々の責任でもある。ここからまた、日本女子サッカーの、日本のフットボール界の大切な歩みが続いていく。
 周囲が本当の意味で認める価値が見出され、フットボールが日本のカルチャーになっていくために。





本田好伸(ほんだ・よしのぶ)

1984年10月31日生まれ、山梨県出身。 日本ジャーナリスト専門学校卒業後、編集プロダクション、フットサル専門誌を経て、2011年からフリーランスに転身。エディター兼ライター、カメラマンとしてフットサル、サッカーを中心に活動する。某先輩ライターから授かった“チャラ・ライター”の通り名を返上し、“書けるイクメン”を目指して日々誠実に精進を重ねる。著書に「30分で勝てるフットサルチームを作ってください」(ガイドワークス)

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